須波阿須疑神社 楼門
最終更新日 2025年9月3日
ページID 002954
建造物 須波阿須疑神社楼門 (池田町指定文化財)
天正2年(1574)一向一揆の兵乱で焼失したが、嘉永3年(1830)に池田郷山田の大工棟梁猪名部善右衛門(いなべぜんうえもん)の手によって再建された、三間一戸・八脚の楼門である。
切妻平入(きりづまひらいり)の惣欅(そうけやき)造りで、屋根は桧皮葺(ひわだぶき)であったが平成11年銅版葺きに改修された。
組物は出三斗(でさんと)、腰組は三手先出三斗組(さんてさきでさんとくみ)、 中備えは間斗束(けんとづか)を置き、中間梁上(ちゅうかんはりうえ)に大きな板蟇股(いたかえるまた)、2階に紅欄と縁を設ける楼門の様式をすべて満たした立派なものであって、当時の池田の大工の確かな高い技術を今に伝える貴重なものである。
両脇の前間には随神(右大臣・左大臣)を配置し、この随神像は大きく、等身大以上であり、彩色(さいしき)はすべて落剥し、木地のままであるが顔立ちなどに優美な姿を残している。
池田の人達から稲荷の赤山門(あかさんもん)と親しまれてきた、池田の象徴的建物である。
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